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観進橋児童公園近隣住民から苦情が出始める「京都朝鮮学校裁判」

2009年初頭のこと。京都朝鮮学校が、自校の「運動場」として事実上無許可占用を行っていた部分と、普通に遊べる部分を取り仕切っていた金網が撤去されました。

第2回 2009年初頭、児童公園内の「住み分け」ができなくなる ~近隣住民からの苦情が出始める~

なお、この無許可占有ですが、朝鮮学校側は「使用許可を取った」と主張しています。
この件は今後重要なポイントになってきますので、最終的にその主張がどうなったのかは別の記事に譲りたいと思います。

金網が撤去されるとどうなるか。
子供達にとってみれば、金網の向こう側も遊び場と思っても不思議ではありません。
「朝鮮学校が無許可占用している」という事実を知らず、遊んでしまうことは容易に想像がつきます。

ですが…。
wikipediaによると、このころから苦情が管理事務所宛に届けられたそうです。

しかし2009年(平成21年)2月、阪神高速道路の延伸工事に伴い運動場部分との区切りに使われていた金網が撤去され、さらに公園全体の面積が小さくなったことで両者の棲み分けは困難になり、管理事務所にも近隣住民からの抗議の声が寄せられるようになった[3]。
-- wikipediaより引用

抗議とは一体どのような内容なのか?詳細は謎に包まれている点が多いです。
詳細については、近隣住民の皆様が勇気を振り絞り、当時の苦情内容や朝鮮学校側の公園利用マナーについて証言して頂くことに期待がもたれます。

 

あくまで一般論ですが、苦情がでるということは、朝鮮学校の職員か生徒のどちらか、あるいはその両方に問題があったとみることができます。
従来通り、問題なくすみ分けを続けることができれば、苦情など発生しないはずです。

唯一判明している苦情といえば、最初に在特会に相談を持ちかけた30代男性会社員のもので、内容は以下の通りです。

勧進橋児童公園の近隣に建つマンションに事件の10年ほど前から住んでいる30代の会社員の男性Xは、公園を使用する初級学校関係者のマナーや態度に不快の念を覚え、引いては初級学校が地域の公園を私的に使用していること自体に憤りを感じるようになっていた[6]。

--wikipediaより引用

 

主なポイントは2点。

「初級学校関係者のマナーや態度に不快の念を覚えた」
「初級学校が地域の公園を私的に使用していること自体に憤りを感じるようになっていた」

ですね。
苦情の原因は、京都朝鮮学校側にある模様。

こういった苦情がこの男性からしか出ていないのか、他に何人くらい苦情を出した近隣住民がいるのか、それとも「苦情を公に出すことに対する恐怖」など様々な理由で苦情を申し立てることができない近隣住民も多いのか。
このあたりの詳細は謎に包まれています。

 

そもそもこの男性、何故在特会に相談するに至ったのでしょうか?